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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)4160号 判決 1984年7月31日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 西村孝一

被告 乙山礦油株式会社

右代表者代表取締役 丙川春夫

右訴訟代理人弁護士 深沢勝

右同 深沢隆之

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し、金三九三万七〇〇〇円とこれに対する昭和五八年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

(一)  原告は、昭和五七年一一月四日午後七時ころ、被告乙山礦油株式会社(以下「被告会社」という)新宿給油所(以下「本件給油所」という)に、洗車および給油のため、左記自動車(以下「本件自動車」という)を預けたところ、同車は翌五日未明に第三者によって窃取された。

メルセデスベンツ 四五〇SL 七六年型

車台番号       一〇七〇二四―一二〇一一七五六

(二)  被告会社は、本件自動車の盗難被害について、車輛の保管について善管注意義務違反がある。

すなわち、被告会社はいわゆるガソリンスタンド経営を業とする会社であるが、右業種においては単に車輛に給油を行うだけでなく、洗車、簡単な備品とりつけなどの附随業務を行うほか、これらの業務とともにまたは独立したサービス業務として顧客の車輛の一時保管業務も行うのが通例である。

被告会社は本件給油所において、給油洗車業務のほか、これに附随したサービス業務として車輛の一時保管をなすことを、現実に当然の如く実行していたものである。本件盗難事故が起るまで、原告所有車輛の一時保管委託につき、同人が被告会社従業員から苦情等の申出を受けたことは一度もない。

現に本件給油所では現在も夜間もふくめ五、六台の顧客車輛を保管することが常態となっているが(これらが誰の所有車輛であるかは原告の関知するところではない)、右の如き状態は被告会社がこれを排除しようと思えば容易に解消できるのであって、実際には被告会社が自己の営業成績上昇のため、顧客車輛の一時保管を受け入れているからこそ、この様な状況が生れているのである。

原告は被告会社経営のガソリンスタンドで給油と洗車を依頼する際、従前からキーつきのまま車輛を同社従業員らに預け、同人らが右車輛を適宜運転移動して給油洗車等の作業をなしたうえ、スタンド内の適当な場所に移動させてキーをぬいて保管し、その後車輛を引き取りにくる原告に右キーを渡すという取扱いを行なうのが通例であった。

本件に際しても被告会社従業員らは原告から本件自動車を前記と同様の経過で預かり保管していたが、同人らが洗車等の作業終了後キーを抜いておくのを失念したため、何人かによって本件自動車を窃取されるに至ったものである。

本件盗難事故発生の前日、原告は本件車輛を給油洗車作業のために被告会社に預けたものであり、その際本件車輛を給油機の下に止め、キーつきのまま(右作業のため車輛を移動する必要があり、キーを抜くことはできない)被告会社従業員に引渡している。

なお原告は被告会社に車輛の一時保管を依頼するときは必ず同社従業員に声をかけており、全く無断で車輛を放置していくようなことは一度も行なっていない。

それゆえ被告会社による本件自動車の保管は同社の営業の範囲内に於てなされたものと認めうるから、商法第五九三条に基づき、同社は本件車輛の保管について善管注意義務を負っていたものである。本件車輛の盗難は被告会社が右注意義務を怠ったことによって生じたものであるから、同社は右債務不履行によって生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(三)  原告は、本件自動車の盗難により、次のとおりの損害を蒙った。

1(イ) 本件自動車の代金相当額 金六六〇万円

(ロ) セリーヌバッグ 三点セット 金四〇万円

(ハ) ザ・スポルディング アイアンセット九本 金二五万円

(ニ) マルマン カーボンシャフト ドライバーセット四本 金五二万円

(ホ) ピンパター二本 金四万八〇〇〇円

(ヘ) スポルディング トップライト五ダース 金三万六〇〇〇円

(ト) サンローラン サングラス 金五万円

(チ) フットジョイ ゴルフシューズ 金四万八〇〇〇円

(リ) ライアンドスコット二着 金一六万円

(ヌ) 代車使用料(八一日×二万五〇〇〇円) 金二〇二万五〇〇〇円

右合計金額 金一〇一三万七〇〇〇円

2 損害保険による填補額 金六二〇万円

3 右1から2を控除した残額 金三九三万七〇〇〇円

(四)  しかるに被告会社は、原告に対し、右損害額の支払いをしないので、右損害金三九三万七〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年五月一二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因事実に対する認否

(一)  請求の原因第一項の事実中、被告会社が原告から本件自動車を預った事実は否認し、その余の事実は認める。

(二)  同第二項の事実中、被告会社が、ガソリンスタンド経営を業とする会社であること、被告会社が、単に車輛に給油を行うだけでなく、洗車、簡単な備品のとりつけなどの附随業務を行うこと、被告会社の従業員は、ガソリンスタンドで車輛に給油し、または洗車をする際、車のキーをつけたまゝにして従業員が預ることがあること、従業員らは、預かった車輛を適宜運転移動して給油、洗車等の作業をなし、その後はスタンド内の適当な場所に車輛を移動することがある事実は認めるがその余の事実は否認する。

被告会社は、本件盗難発生地である新宿区《番地省略》に本件給油所を設けガソリン等石油製品の販売を業としているものであるが、原告とは昭和五五年頃より被告会社の顧客として給油及び洗車等の取引があった。

そして被告会社は顧客より給油、洗車等の依頼を受けた場合は早急にその求めに応じ、顧客はその完了を待って自動車を引取るのが通例であり、洗車時間中に顧客が給油所を離れる場合があっても三〇分程度に限られ自動車を長時間放置することはあり得ないことである。原告は「独立したサービス業務として顧客の車輛の一時保管業務も行うのが通例である」と主張しているが、給油所に駐車することは消防法第一〇条第三項、危険物の規制に関する政令第二四条、第二七条により禁止されているところであり、給油所には必ずこの旨が掲示されているのであって如何なる給油所においても駐車をサービス業としている所はない。本件盗難は原告が右主張のような感覚に基き給油所に駐車することが当然のサービスと考えていたことに端を発しているのである。

原告は数年来被告会社の顧客であるが、暴力団住吉連合の幹部であって本件給油所の近隣に懇意な女性のマンションがあり、此処を拠点として新宿界隈において活動している模様であり、右マンションに駐車場がないため本件給油所に所有自動車を駐車させることを通例としていた。

被告会社としては街の中の給油所であり、原告の駐車は出入車輛の迷惑となり、営業実績にも支障を来すところから回数を数える余地なき程車輛の放置はしないよう申入れていたのであるが、原告はこれを聞き入れず、さりとて被告会社が前記職業であるところから強硬に駐車を拒否することもできない状態であった。

本件盗難発生の前日である昭和五七年一一月四日午後より翌五日早朝迄の本件車輛の駐車状況は、当時本件給油所は二四時間営業をしており、本件自動車は、一一月四日午後四時半頃(未だ明るい内)に本件給油所に来たが、午後六時頃に原告が運転して本件給油所を出て、同九時頃従業員に声をかけることもなく当然の如くに車輛を駐車させて立去ったのである。再度入って来た際に原告と話をした従業員はいない。本件車輛は午後九時頃より翌五日午前一時頃迄は駐車していたことは確認されているが、その後盗難に遭った模様で当時原告は車輛キイを本件車輛に差込んだまゝであったので、犯人は容易に本件車輛を乗出すことができたものと思われる。

本件車輛は東京でも数少いベンツであり、前述のように原告は本件給油所を駐車場代りにしていた関係上、被告会社の従業員は本件車輛を知っており、その出入についても記憶は十分である。

なお、当日被告会社は、本件自動車に給油、洗車はしておらず、午後九時頃入車の際、従業員は原告と面談していないし、原告は車輛キーも差込んだまゝ立去ったのであるから、被告会社が原告より車輛の引渡を受けたこともないし、営業に関係して車輛の保管を承諾した事実もない。

(三)  同第三項の事実は不知。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因第一項の事実中、原告が被告会社に本件自動車を預けた点を除き、その余の事実は、当事者間に争いがない。

二  同第二項の事実中、被告会社はいわゆるガソリンスタンド経営を業とする会社であること、右会社の業務として、単に車輛に給油を行うだけではなく、洗車、簡単な備品のとりつけなどの附随的業務を行うこと、被告会社の従業員は、ガソリンスタンドで車輛に給油し、または洗車をする際、車のキーをつけたまゝにして顧客の車を預ることがあること、従業員らは預かった車輛を適宜運転移動して給油、洗車等の作業をなし、その後は、スタンド内の適当な場所に車輛を移動することがある事実は当事者間に争いがない。

三  《証拠省略》を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(1)  被告会社は、新宿区《番地省略》に、本件給油所を設置し、昭和五七年一一月当時は、従業員九名、アルバイトの従業員四名で、二四時間営業のガソリンスタンドを経営し、顧客に対するガソリン等石油製品の販売(いわゆるガソリンの給油業務)の営業と附随的業務として、洗車、簡単な自動車備品のとりつけ等を業としている会社であり、右の給油等のため本件給油所に見える客は、一日平均で約三〇〇から三五〇名位であるが、被告会社は、本件給油所の近所に、有料の駐車場も設置して経営していること、本件給油所における被告会社の従業員は、給油や洗車等の依頼を受けた場合には、早急にその求めに応じ、顧客は、その完了を待って、自動車を引きとるのが通例の日常業務の形態であり、洗車時間中顧客は、車のキーを従業員に預けたまゝ、一時車を離れ、本件給油所の控室や事務所の中で右作業の終るのを待っていたり、または、洗車中の待ち時間を利用して、他の用事をたすために給油所を離れる場合もあること、しかし、その場合でも、三〇分程度に限られ、給油に来て、そのまゝ長い時間自動車を放置しておく顧客は、原告以外にあまりなく、従業員としても給油所に長時間車を駐車させておくことは、消防法で禁止されていることもあって、顧客に対しても自動車の駐車を断っている状況であったこと、しかし、顧客の都合で、止むなく一時保管をすることもあること。

(2)  原告は、昭和五五年の初めころから、少なくとも一週間に二回程度本件給油所を利用していた顧客であるが、本件給油所に来ても毎回給油や洗車をすることもなく、原告としては、本件給油所の近所にあるゴルフ練習場にゴルフの練習のために来る時の駐車場の代りとして利用することと、更に、本件給油所の近所にいる親しい女性(原告の妻ではない)のマンションを訪ねたり、そこに宿泊する際、右マンションには駐車場がないこともあって、本件給油所を利用して、駐車しておくのが通例であったこと、原告は、本件給油所に車輛で乗りつけて来た際、車のキーは、そのままつけ放しにしたまゝで、車を離れるのが普通の状況であり、給油や洗車は、原告の依頼がなくても、従業員の判断で適宜必要に応じてやるように頼んであるとして、本件給油所内に車輛を乗り入れ、置き放しにしたまゝで被告会社の従業員に車の保管を頼んだかの如き態度で車を離れ、前記女性のマンションに泊りこむため、昼夜をわかたず駐車していることがあったこと、原告としては、たまには、本件給油所の従業員に「頼むぞ」とか「明日の朝か昼に来る」などと声をかけることもあり、その際も従業員らの承諾も待たず、車のキーをつけ放しにしたまゝ車を置いて行くことが通例であり、それは、ガソリンスタンドを経営する会社は、顧客の車を無料で預り保管することも、ガソリンスタンドを経営している以上当然のサービス業務に含まれると考えており、従業員としては、原告に「長い時間車を置いておくことは困ります」との趣旨の会話をしたことも再再あったが、原告は、それらを無視して、そのまゝ置いて行くのが通例であったこと。

(3)  本件自動車が盗難にあった日の前日である昭和五七年一一月四日は、原告は、午前中から、本件自動車を乗りつけて来て本件給油所に駐車し、いつものとおり、特に給油所の従業員に給油や洗車を頼むこともなく、そのまゝ車を離れ、午後六時ころに、再び給油所に来て、本件給油所の従業員にことわることもなく、本件自動車を運転して、新宿駅に向いそこで義兄と待ち合せをして同人を送り、同日午後九時すぎころ、再度本件自動車を本件給油所に乗りつけ、従業員の誰にもなんら断ることもなく、また、給油や洗車を依頼することもなく、いつものとおり、車のキーをつけ放しにしたまゝで車を置いて立ち去ったこと、そして、翌日に至り、原告は、本件給油所に出掛け、本件自動車がないことから、従業員に尋ねたが、誰もその所在がわからず、原告は、誰か、知人が、原告に無断で乗って行ったかもしれないと考えて、知人らに車の所在を尋ねたが、わからず、結局、盗難にあったとして、本件給油所の福辺喜雄所長代理を同道して所轄の新宿警察署に行き、本件自動車の盗難届を提出したこと、その際、右所長代理は、本件自動車が、本件給油所にあったということから、被告会社の社員名で盗難届を提出するに至ったこと。

(4)  その後、本件自動車は、盗難車として発見されたが、その間、原告は、本件と同じ型の別の外車を訴外自動車販売会社から借り受け、更に、損害保険によって損害の填補を受けた。また、その間に、原告のゴルフ仲間であるいわゆる暴力団住吉連合会の山本次男なる者に依頼して、本件自動車の盗難について補償するように交渉させたこともあったが、被告会社の方としては、相手にせず、そのため話合いにより結論が出るには至らなかったこと、原告は、本件自動車が盗難にあった事件後も、本件給油所を利用し、今までのとおりの態度で、車の保管はガソリンスタンドの経営には、当然なすべきサービスであるとして、従業員の断りをも聞きながし、むしろそれを無視して、自動車を乗りつけ、そのまゝ駐車させている状況にあること。

以上の各事実を認めることができ、(る。)《証拠判断省略》

四  原告は、被告会社に対して、本件自動車の一時的保管を依頼したとして、それによる法律上保管の責任がある旨主張し、被告がこれを争うので、判断する。

原告の主張は、いわゆる寄託契約の存在をいうのであり、そこで検討すると、寄託は、他人のために物の保管をなすことを目的とする契約をいうのであり、右契約の成立のためには、目的物の移転のほかに、目的物保管の債務を負う旨の合意が必要である。すなわち、自己の支配域内へ他人が物を置くことを許容しただけでは寄託を受けたことにはならず、積極的に債務の負担の合意を必要とすると解すべきである。

そこで、この観点から本件をみるに、前記認定の事実によると、原告が主張する本件自動車を預けたとする日の経緯は、原告が、被告会社の本件給油所に赴いた事件当日は、そこの従業員に給油や洗車を依頼することもなく、また、駐車について、特に従業員と話をすることもなく本件自動車を本件給油所に駐車させて立去っているのである。そうすると、事件当日の原告と被告会社との間に、本件自動車の駐車について、被告会社が承諾したとして、保管に関する合意があったと認めることはできない。このことは、本件自動車が盗難にあう以前には、原告がしばしば被告会社の従業員の承諾を得ないまゝ駐車したことがあるという事実があったとしても、それは、単に、被告会社が好意で、一時的に原告の自動車の駐車場所を提供していたにすぎないとみることもでき、そのことから、直ちに、原告と被告会社との間に本件自動車の保管について合意が存在したと認めることはできないというべきである。

そうだとすると、被告会社には、本件自動車についての保管義務はないということができる。

五  そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので棄却することゝし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野寺規夫)

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